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なんでも話せる親友が徒歩1分の場所に住んでいたら話すだろう、とりとめのない日記

愛する覚悟、愛される準備

 

実家での同居生活ももう一年が過ぎた。

うちは普通の家庭とは違って、実家が4世帯で10人のひとがいるので。

助けられてることも多いし、その反面、もちろん少しの努力が必要なこともある。

それは覚悟の上でこの生活を始めたわけだし、当初は三ヶ月の予定が、色んな事情もあって、気づけば一年。

それを考えると、たぶん、思いの外暮らしやすかったのだと思う。

 

でもやっぱりわたしは、自分のお城を作っていきたい人間なので、ずっと仮住まいなのは性に合っていないような気もする。

こまごました雑貨や、インテリアを集めるのも好きだからこそ、何か素敵なものに出会えても「いまは仮住まいだし、物を増やすのは得策じゃないか」と諦めることが多い。

そういうのが少しずつ、不満になっていないとは言い切れない自分がいる。

とはいえ、こんなことを考えられるようになったのは、きっと育児にすこし余裕が出てきた証拠なのだとも思う。

振り返れば、新生児のころはとにかく眠りたい!それだけだったから、

 

 

一年前の今ごろ、わたしは日々大きく重くなるお腹を抱えて、暑いなかほとんど毎日体調不良を感じて生きていた。

お腹の子にはやく会いたいな、とは思っていただろうけれど、同じくらい出産も不安で。

 

子が生まれてくることについて、わたしは「この子をどう愛するか」ばかり考えていて、「愛される」ことについては何の準備もしていなかった。

なんなら、仲良くなれるかな、とすら思っていたくらいだ。

 

けれど、実際に我が子を産み、育て、一年が経った今、つよく実感している。

これほどまでに我が子がわたしを愛してくれるとは、知らなかった。

おそらく、わたしが彼女を愛するよりも強く大きな気持ちで、彼女はわたしを必要としてくれているとさえ思う。

たまに、戸惑ってしまうくらいに、我が子は真っ直ぐにわたしを愛している。

 

仲良くなれるかな?とか、そういう問題ですらなかった。

たしかに年頃になった娘との付き合い方は、また違った難しさも出てくるのだろうけれど。

でも、わたしは娘が生まれる前、「娘とわたしは全く異なる人間」だと思っていて、それはもちろんそうなのだけれど、でも、予想より実際のところは、わたしと彼女はひとつの生命体のように暮らしている。

それはきっと、彼女が生まれて数年間だけの限られた時間なのだろうけれど。

 

とにかく、わたしは日々娘からの熱烈な愛を受けて生きている。

彼女はすでに、わたしにたくさんの幸せをくれている。わたしは彼女に何を与えてあげられるのだろうか。

 

なるべく多くのものを、丁寧に手渡していきたいと思う。理想だけれど。